【小説】

■□ 三国一 16 □■




大地を馬が駆ける。

それに乗るのは俺と小さな子が二人。

片方の子は漸く泣き止みウツラウツラと船を漕いでいる。

もう片方の子は俺をじっと見ていたずっと会った時から。

その視線に目を反らし・・・。

「直ぐに都に戻してやるからな・・・・」

そう俺は言い訳の様に言いながら・・・。

それは俺の独り言で終わるはずの物だったのだが・・・

予想外の返答が帰ってくる。

「戻ったところで・・・何も変わらん・・・・」

そう片方の子がポツリと言った。

其の声に俺は片眉を上げ聞き返す。

「何故だ?」

彼は流れる風景を睨みながら零した。

「・・・果実はもう腐りはて、落ちるのみだ・・・何度正そうとしても第二、第三の十常侍が出てくるのみじゃ・・・」

悲痛な其の言葉。

其の表情と・・・声は俺の何かを沸き立たせて・・・。

思わず・・・。

「そんな事言うな!・・・今でもあんた達を思って動いてる人間は確かに居る・・・、

そんな事いってたらそいつらに失礼だぞ・・・・其れに今までだって其の為に死んでいった人間にもだ!!」

言ってしまった・・・。

一国の帝・若しくはその弟に向かって・・・やべ・・・・。

頭が真っ白になる・・・・落馬しなかったのは奇跡に近い。

無礼者!そう言われると思う、そして打ち首獄門、引き回しの刑なんてものが頭を過ぎる。

其の言葉を思い、身構える俺。

「・・・・そうだな・・・・つい弱音を言ってしまった・・・すまない・・・」

そう・・・・予想もしてなかった穏やかな言葉をかけられる。

恐る恐る・・・顔を上げる・・・・。

「・・・・怒らないのか?」

「予は予のために真実を述べた者に怒るような・・・度量の狭い人間ではない・・・」

そう言いながら笑う。

歳相応の表情に・・・・俺は胸が苦しくなった。

「俺も・・・俺も其の独りだから・・・」

叫び声の様に・・・ぼそりと言ってやる。

悲しげに目を伏せる彼。

「そちの様な人間がもっと予や兄上の元に居ればな・・・」

手綱を握る手に重ねられる小さい手・・・・。

「何言ってるんです!弱音は言わないで下さい!」

俺は悲しくなって泣きそうになる心を隠すように言ってやる。

其れを見て頬を赤らめ笑う子。

「そうだったな」

恐らく、歳を重ねれば名うての美男子になる事請け合いな・・・其の笑み。

まぁ今は唯可憐で可愛い其れだったが・・・。

俺は、任務を全うして・・・・少しでも彼らの為に頑張ろう・・・そう思ったのだった。




都までもうすぐ・・・・そんな時だった。

其れは最初小さな物だった・・・・・其れは次第に大きくなっていく。

地平線を赤茶けた土煙が上がり、響く地響き。

彼方から、大勢の軍勢。

それらはこの大地を覆い尽くしていた。

敵か味方か・・・・・。

驚く馬を押え付け、それを睨みつける、走る戦慄。

最悪は薫卓、最良は盧植先生。

そう思いながら、手元を見る・・・・・其処には小さい子が二人。

背中の傷が鈍く痛んだ。

今、二人を抱え、手負いの状態・・・戦えるか。

自問自答する。

否であってもやらねばならぬ・・・。

冷や汗が背中を伝う、握り直される蛇矛。

眼前に広がる大群は俺達の直ぐそばで止まる。

俺は気圧されしないよう大きな声を張り上げ威嚇する。

「おう!此方へ来るは何処の者だ!帝が、都へ還るところぞ!?」

返してきたのは、最悪の男、薫卓だった。

奴は、巨躯を揺さぶらせ、醜い下卑た笑いを浮かべていた。

大きく突き出た腹、短い足。

「良くやった!この薫卓がしかと都に連れて参ろう、

ささ、過の様な馬の上では体に障ります。どうぞ、此方の車に。」

そう言い、控えさせた車を出す。

俺は眉間の皺を深める。

・・・・とことん失礼な奴だな、俺の相棒を!

蛇矛を構え言ってやる。

「何を言う!道を塞ぐ事こそ不謹慎ではないか!」

是は俺でも、死ぬかもな・・・そう思う。

地を埋め尽くす兵を相手しようと息を吸う。

然し、引かれる袖・・・・。

あの子だった。

真っ直ぐな目で俺を見る。

強い其の目を見て俺は一瞬止まる。

「大丈夫だ」

其の言葉が返ってくる。

ずかずかと馬に乗ったまま進み寄る、奴。

子に気を取られて居た隙だった。

・・・このままでは!焦る俺。

大将の首だけを刎ねるか・・・・・・・そう思った刹那。

「ひかえい!」

鶴の一声。瞬間、止まる全て。

あの薫卓すら止まる声。

「予は陳留王也、ここに居るは、逆賊か、忠臣か?!」

陳留王とは、陸皇子の名。

片や、帝は震え慄くばかり・・・・。

まぁ泣き出さないだけマシか・・・・其れともこの大群相手に腰を抜かしたか・・・。

逆賊、薫卓は醜い顔にある鋭い目を見開いていた。

「何!?」

奴は、予想外の反応に驚いたようだ。

然し、其れを無視して口をあける。

「逆賊か、忠臣か?!」

再び問われる。凛とした声で。

流石の薫卓もそれに気付く。

「忠臣に御座います!」

気おされしたのか、慌てふためき、言う其れ。

凛と背筋を伸ばした子は、数倍大きく見えた。

その答えに目をカッを見開き腹の底から大喝をする。

「此方におわすは帝!成らば、下馬をして礼を尽くすのが常!何故、下馬を致さぬ!」

其の言葉に一斉に下馬をする数万の兵。

俺もしたほうがいいのか・・・?

動こうとする俺の袖を掴み、小声で言う。

「此処まで大儀であった、・・・此処で命は落とすな」

そして微笑まれる・・・・。

・・・戦うなって事。

悔し涙が滲んでくる・・・。

初めて、負けたと思った・・・・。無力な自分。

ゆっくりと馬上から降りると2人は、平伏する者共を従え、豪華絢爛な車に乗る。

立ち尽くす俺、これ見よがしに鼻で笑う薫卓。砂埃を上げ薫卓の軍が都へ引き返す。

悠然と、勝ち誇ったように。

鼻を鳴らし、俺に擦り寄る相棒。

其れを撫で返してやる・・・・。

抜けるような蒼い空を見上げると何故か滲んでいて・・・。

俺も鼻が鳴っていた・・・。






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