【小説】

■□ 人生と言う名の媚薬 15 □■




八咫鏡が自分の一部になった時、流れてきたのは歴代の持主の記憶。

其の中に有った一つ。

在る、一人の天の君の記憶、思い。

名を朧という。

双子の兄として生まれ、先代が死んだ時点で鏡の持ち主となる。

生まれながらに妹の日の輪が伴侶と決められていた。

然し、前代の月の君、常夜、彼を好いてしまっていた。

彼は優しく、強い者だった。

親友。それ以上の思い。

妹も共に同じ思いだったようで、

ある日、常夜と日の輪は姿を消してしまう。

そして彼らとの間に出来た子。

其れが俺だった。

日の輪が命に代えて産んだ子だった。

常夜に瓜二つの彼。

親愛からただの愛になるのにはそう時間は掛からなかった。

彼に向けられる心も解っていた、

未だ引き返せる。彼には自由になってもらいたかったから。

だから、その思いを引き裂いた。

愛の無い其れと思わせるために。

けれど。




誰よりも愛していたから・・・・・幸せになって欲しいと願ったから・・・・。

己が心を隠した。

誰よりも愛しい人、強く自由に・・・・・・・。




然し、彼の思いも遠く・・・・・。俺は鏡の持主になってしまった。

其れは、運命の悪戯なのかもしれない。

彼の予定ではその次の代は俺の子に行くはずだったのだから・・・・。

こうして、俺は一族の連鎖から抜ける事は出来ない・・・・・。

俺は彼に遭いに行かねばならない・・・・。

すくと立ち上がり、走り出す。

『北斗!行クナ!』

南斗の引きとめる声が遠くでする。

行き先は鏡の記憶の中に在った。

寝殿の奥の間、その奥の岩戸の中。

巨大な岩に覆われた其処は人を拒絶するかのように割れ目から、叫び声のような風が吹き抜けていた。

渾身の力で開けるそれ。

奥に繋がる狭い洞窟。

其れは地下へと繋がっていた。

生暖かい風、叫びのような風。

その風の元へと足を向けていた。

次の瞬間狭い通路の洞窟が抜け、大きい広間に出る。

巨大な朱門が俺の前に聳え立つ。

そして白い衣を着た朧が立っていた。

傍らには黒い衣を着た自分が居た。

門と同じ巨大な紅蓮の狼が其れを見守る。

「朧!」

俺は彼に飛び込む。

朧は少し驚いたようだ。

優しく腕を回され、頭を撫でられる。

涙で顔が良く見えなかったが・・・。

『やはり、来てしまったか・・・・』

そう、此処は根の国に繋がる門。

彼の隣に居るのは俺の父さん。

何か言いたげに其れを眺め、微笑む

『心配するな・・・・』

朧が言う

「俺も・・・・俺も・・・・朧の事・・・愛してたよ、大好きだった・・・・」

鼻を啜り其れだけを言う。

其の言葉だけ言いたくて・・・・。

クスリと困ったように笑われる。

啜るしかない、逃がさないように確りと抱き顔を埋める。

顎に手を添えられ、くいと上げられる。

そして、触れるか、触れないかの口付け。

腕から力が抜ける・・・・。

『戻るんだ・・・前を見て、振り向くな・・・・』

そう言うと、朧は門に体を向ける。

黒の衣が先導する。悲しそうに微笑み、彼は何か言いたそうだった。

叫びたいのに体が思うように動かない。

その場に崩れこむ・・・。

大きな音をたてて開かれる門。

その闇に朧は消えていった。

そして次の瞬間・・・・・・、勢い良く閉まる。

紅蓮の犬は黙って其れを見守るだけ・・・・・。

背後に気配、回される腕。

良く知っている・・・・。

「南斗・・・・・」

『御前マデ行クナ・・・・』

きつく抱かれ、俺は又涙を一粒落とした。

『荒ノ君世話ヲ掛ケタナ・・・・』

紅蓮の狼に向かって南斗が言う。

初対面のはずの彼を俺は良く知っていた・・・。

『何、吾は何時も北斗に世話になってる・・・・少々の融通ならば・・な』

其の声は、そう・・・・・夜会いに行く赤い童、其の声だった。

彼の役目は、根の国の門を永久に守る門番。

この世が終わるまで。

『御前の母にも頼まれていたしな・・・・あの紅の花は御前達の母・・・』

知らなかった・・・・、俺は毎夜自分の母に遭っていたのか。

『御前達は当初どちらも死ぬ筈だったのだ、力が強すぎ体の弱い赤子、力が弱すぎ体の強い赤子。

両方ともこの世で生れぬ。然し、御前達の母は、自身の命と引き換えに俺に助けを求めたのだ。

佐之男命の草薙剣ならば・・・・其れは可能な事、故・・』

紅蓮の狼は悲しげだった。

『そして、もう一つ・・・・・・残った願いがある・・・』

彼は、そう言うなり、青年の姿になる。

紅蓮の肌に白の髪。顔は野性的な偉丈夫で、金の瞳が俺達を見つめる。

背は高く、威風堂々としていた。

『万が一、二人が二つの神器の持主になってしまったとき・・・・・・・・・』

手を前に翳す。

赤い炎が溢れ出す。そして其れは剣の形となり、金属質な物に変わる。

神剣、草薙剣・・・・・・・・。

『御前達を、草薙剣で貫けと・・・・』

次の瞬間、抱き合った俺達を剣が貫く。

熱い・・・・・・・・。灼熱の剣。

掻き抱かれる体。南斗だ。

俺も其れに答え笑みを浮かべる。

落ちてくる唇。重なるそれ・・・・。

次の瞬間・・・・・・・闇が俺達を支配した。

其れは、古くからの親友の頼み。今は永久に咲く紅蓮の花に姿を変えてしまったけれど・・・。

愛が無かった訳ではない、愛より深い絆・・・。

彼女は自身の命の代わりに、俺に願った。

一つは子供達の命がすくわれる事。

そして、若し二つの神器が揃ったときには・・・・。

彼らを草薙剣で貫いて欲しいと・・・・・。

『約束は守ったぞ・・・・・・・日の輪・・・』

彼は、彼女を思い出し、優しく微笑んでいた。







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